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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)964号 判決

主文

被告は、原告に対し、金三六万九、八八九円およびこれに対する昭和四六年二月二一日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分にかぎり、原告が被告に対し金一二〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金四五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年二月二一日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めると申し立てた。

二  被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  原告訴訟代理人は、請求の原因として、つぎのとおり述べた。

(一)  訴外株式会社東京オートスライド(以下訴外会社という。)は昭和四四年六月一八日、被告との間で、別紙物件目録記載の貸室(以下本件貸室という。)について賃貸借契約を締結し、訴外会社は被告に対し右契約に基づき保証金一二〇万円を預託した。右契約が解除された場合または訴外会社が本件貸室を明け渡した場合には、被告は直ちに右保証金を返還する約定であつた。

(二)  訴外会社は昭和四五年一二月二八日被告に対し本件貸室を明け渡した。したがつて、訴外会社は被告に対し前記保証金の返還を請求する権利(以下本件債権という。)を有するのである。

(三)  原告は昭和四五年六月一一日訴外会社に対し金一〇〇万円を貸し付け、同額の債権を有するが、同四六年一月二〇日訴外会社との間の東京法務局公証人古橋浦四郎作成昭和四五年第七七九九号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本により前記保証金の返還請求権の差押および転付命令の申請をし、その差押および転付命令の正本は同月二二日被告に送達された。

(四)  そこで、原告は、被告に対し、右保証金の内金四五万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年二月二一日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、つぎのとおり述べた。

(一)  請求の原因一項の事実は認める。

(二)  同二項の事実のうち訴外会社が原告主張の日本件貸室を明け渡したことは認める。

(三)  請求の原因三項の事実のうち、原告主張の差押および転付命令の正本がその主張の日被告に到達したことは認める。

三  被告訴訟代理人は、抗弁として、つぎのとおり述べた。

(一)  訴外会社は昭和四五年八月二六日本件債権を訴外笠井麗資(以下笠井という。)に譲渡し、同日内容証明郵便で被告に対しその旨通知した。したがつて、訴外会社は同日右請求権を喪失し、原告主張の転付命令が発せられても、原告が右請求権を取得するいわれはない。

(二)  訴外会社が本件貸室を明け渡した当時、同会社は被告に対し合計金八三万一一一円の債務を負担していたので、被告は右債務と前記保証金返還債務とを対当額で相殺した。したがつて、当時、訴外会社は被告に対し金三六万九八八九円の保証金返還請求債権を有しただけである。

四  原告訴訟代理人は、抗弁に対する答弁および再抗弁としてつぎのとおり述べた。

(一)  訴外会社が被告主張の日笠井に対し本件債権を譲渡したことは否認する。

(二)  かりに右の事実が認められるとしても、訴外会社および被告間には本件債権の譲渡を禁止する旨の特約があつたのであるから、訴外会社の右譲渡により笠井は同債権を取得しない。

(三)  抗弁二項の事実および主張は認める。

五  被告訴訟代理人は、再抗弁に対する答弁および再々抗弁としてつぎのとおり述べた。

(一)  被告は昭和四六年五月一一日の第二回口頭弁論期日において原告主張の譲渡禁止の特約の存在を認めたが、右自白は真実に反し、錯誤によりされたものであるから、これを取消す。

(二)  かりに右特約が存在するとしても、笠井は、右特約の存在を知らずに、訴外会社から本件債権を譲り受けたのであるから、笠井は同債権を取得したものというべきである。

(三)  かりに笠井が訴外会社から本件債権を譲り受けた際、右特約の存在を知つていたとしても、昭和四五年一二月二九日被告が笠井に対し本件債権の譲受を承認したことにより訴外会社、笠井間の右債権譲渡は有効となつたものと解すべきである。けだし、債権は、その性質上許されるかぎり債権者が自由に譲渡しうべきものであり、ただ特約でその譲渡を制限しうるにすぎないところ、その特約は必ずしも債権成立時にすることを要せず、債権成立後にすることを妨げないと解されているのであるから、当事者は一たん成立した譲渡禁止の特約を解約することもできるし、債務者は債権者が当該譲渡禁止の特約に違反して債権を譲渡した場合でも、譲受人に対する債務を承認することができるものと解すべきであるからである。このことは、その譲受人が当該譲渡禁止の特約を知つていた場合でも、別異に解する必要はない。

したがつて、訴外会社、笠井間の本件債権の譲渡は有効であり、笠井は昭和四五年一二月二九日同債権を取得したものというべきである。

そして、被告は昭和四六年二月一〇日笠井に対し本件保証金の内金三六万九八八九円を支払つたから、これによつて本件債権は消滅したものというべきである。

六  原告訴訟代理人は、被告の再々抗弁に対する答弁として、つぎのとおり述べた。

笠井は訴外会社から本件債権を譲り受けた際、その債権について譲渡禁止の特約があることを知つていたのである。すなわち、笠井は同債権を譲り受ける際、被告と訴外会社との間で作成された賃貸借契約書および保証金証書に本件債権譲渡禁止の条項があることを十分知悉していたのである。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  訴外会社が昭和四四年六月一八日被告との間で本件貸室について賃貸借契約を締結し、被告に対し保証金一二〇万円を預託したこと、右保証金は右賃貸借契約が解除されたときおよび訴外会社が本件貸室を明け渡したときは、直ちに返還する約定であつたことについては、当事者間に争いがない。

二  被告は、一たん、被告、訴外会社間に本件債権の譲渡を禁止する特約が存在したことを自白したが、右自白は真実に反し、かつ、錯誤によるものであるとしてこれを撤回した。しかし、被告の全立証をもつてしても、右自白が真実に反するものであることを認めるに足りる証拠はないから、その撤回は許されないものというべきである。

三  成立について争いのない乙第一号証および証人笠井の証言(後記信用しない部分を除く。)によれば、訴外会社は昭和四五年八月二六日ごろ本件債権を笠井に譲渡したことが認められ、本件債権について譲渡禁止の特約があつたことについては、当事者間に争いがない。

被告は、笠井が右特約の存在を知らなかつた旨主張するが、証人笠井の証言のうち右主張にそう部分はたやすく信用することができないのみならず、成立について争いのない乙第一〇号証および証人笠井の証言(前記信用しない部分を除く。)を総合すれば、笠井は訴外会社から本件債権を譲り受けるにあたり、訴外会社から本件建物賃貸借契約締結の際作成された「建物賃貸借契約書」(乙第一〇号証)を見せられたこと、同契約書には保証金証書が付属しており、右証書には本件債権の譲渡を禁止する旨の特約が記載されていること、笠井もその所有家屋を賃貸しているが、その場合も、賃借人との間で敷金などの返還債権の譲渡を禁止する旨の特約をしていることが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

右認定の事実によれば、笠井は、本件債権を譲り受けるにあたり、同債権について譲渡禁止の特約があることを知つていたものと推認するのが相当である。

したがつて、前記のとおり、笠井が訴外会社から本件債権を譲り受けたとしても、本件債権は笠井に移転しなかつたものといわざるをえない。

されば、その後訴外会社が被告に対し本件債権の譲渡を通知し、または被告が本件債権の譲渡を承諾したとしても、これらの行為によつて、笠井は本件債権を取得するに由ないものといわねばならない。

四  訴外会社が昭和四五年一二月二八日被告に対し本件貸室を明け渡したこと、当時訴外会社は保証金一二〇万円の内金三六万九八八九円の返還請求債権を有しただけであることについては当事者間に争いがない。

そして、昭和四六年一月二〇日、本件債権を差し押える旨の差押命令および右債権を原告に転付する旨の転付命令が発せられ、その決定正本が同月二二日被告に送達されたことについては、当事者間に争いがない。したがつて、原告は右債権のうち金三六万九八八九円の返還請求債権を取得したものというべきである。

被告は、昭和四六年二月一〇日笠井に金三六万九八八九円を支払つたから、本件債権は消滅した旨主張するが、笠井は、前記のとおり、本件債権の債権者ではないのであるから、右主張は採用することができない。

したがつて、被告は、原告に対し、本件保証金の残額金三六万九八八九円を支払う義務を負うものというべきである。

五  されば、原告の本訴請求のうち右金三六万九八八九円およびこれに対する弁済期ののちであり、かつ、本件訴状送達の翌日である昭和四六年二月二一日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当であるから、これを認容し、その他の部分は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

東京都千代田区富士見町二丁目四番六号

宝紙業株式会社五号館ビル二階二号室

第二審判決は高等裁判所民事判例集二六巻二号二〇八頁以下に登載

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